2019年8月3日土曜日

北朝鮮土産紹介&日本への北朝鮮土産の持ち帰り方ガイド


長らく放置しまして申し訳ありません!
なんて、待っている人もいないと思いますが。
北朝鮮で買ってきたお土産を紹介しちゃいます。
それとついでに、北朝鮮土産持ち帰り方ガイドというのを書いたので北朝鮮旅行をご検討の方はご参考に。

値段について
値段なんですが、私すごくテキトーな人間でして…旅行の時はモノの値段はあまり気にせず、今ある所持金で買えるかどうかくらいしか意識してません。ですからこのお土産たちがいくらだったのか、具体的には一つも覚えていないのですが…
北朝鮮の通貨、北朝鮮ウォンの為替は北朝鮮政府公定のレートだと1ウォン≒1円です。実情は全く違うようですが、外国人向けのお店ではこの為替レートに従っています。
為替レートが等しい上、(外国人向けの店では)物価も日本とだいたい同じです。つまり、「日本の企業がこういうものを作って日本国内で売っていたらどれくらいの値段だろう」と想像した値段がこのお土産たちの値段です。まあ要は本は日本で売ってる本らしい値段がするってことです。値段について覚えているのはこれくらいです。本当に、これくらいだけ…
けど新聞は8面しかない(平時6面の労働新聞としては多い面数です)ながら数百円した気がします。これはまあ、当日号ではなく過去の新聞でして、いずれも大きなイベントを伝えた号ですから、新聞ではなく記念品としての性格が強いと思うと妥当でしょう。

さて、前置きはこれくらいにして。お土産の紹介に参りましょう!

偉人金正日

もうどう考えてもこれが一番気になるんじゃないですか?見るからにコテコテの北朝鮮ブック。背景は朝鮮の聖山にして、北朝鮮公式発表では金正日総書記生誕の地である「白頭山(ペクトゥサン)」とその朝焼け。ちょうど太陽と金正日総書記の肖像画が重なっているのがお分かりでしょう?北朝鮮では、将軍様というのは太陽なのです。

255ページもある本なので結構長いのですが、まえがきくらいは紹介しましょう。



まえがき


 すぐる二十世紀から二十一世紀にかけて祖国と民族、時代と歴史の前にたぐいのない業績を残して、朝鮮人民の胸深く焼き付けられた偉人。
 その傑出した資質と品格は言うまでもなく、全生涯にわたって流露した豊かな人間像においても、また時代と歴史に残した不滅の業績においても偉大という以外に表現のしようがない、朝鮮人民の卓絶した指導者キムジョンイル将軍こそ、ほかならぬその偉人である。
 抗日大戦が激しくくりひろげられていた一九四二年二月十六日、朝鮮の祖宗の山ペクトウ山中に生まれた金正日将軍は、祖国と民族の明るい明日を約束する未来の太陽であった。この日、将軍の誕生を祝って、二月の真白い霜も喜びの花吹雪を上げた。
 その二月がいつしか七十の年輪を刻み、将軍のいない無念やるかたない生誕の日を迎えた朝鮮の全軍民は、言い知れぬ悲嘆にくれ、敬慕の切情は空の果てにまでに及んだ。
 つい先日まであれほど明るく微笑んでいた将軍を、あまりにも不意に失った朝鮮人民は、今も敬慕の情をつのらせ、その思いは一つとなって将軍のもとへ馳せている。
 一国の指導者であったというそれだけの理由からではない。将軍は朝鮮人民をはじめ世界の進歩的人類が二十一世紀の太陽として仰ぎ見た偉人であった。
 金正日将軍は偉人が備えるべき品格と資質を完璧に体現し、深奥な思想・理論と非凡な指導をもって朝鮮の革命を導いた偉大な思想家・理論家、政治元老であり、先軍名将であり、祖国と人民への検診をもって革命闘争の全過程を彩った。
 将軍の思想と理論は朝鮮人民の進路を照らす灯台であり、その指導は、朝鮮革命の推進力であり、先軍の旗は百戦百勝の宝剣であった。将軍によって世界の正義と平和が守られ、朝鮮人民は幸せな誇り高い人民となったのである。
 だからこそ朝鮮人民は将軍をあらゆる勝利と栄光のシンボルであるとして、称えてやまなかったのである。
 実に将軍が残した七十年になんなんとする実録はこのうえなく偉大であった。
 その名のように、輝く太陽であった将軍は、太陽のような生涯を生きた偉人であった。将軍の名は永遠に人類の記憶に残るであろう。




…ひ、ひえ~!これだけ読めば、この本のノリが読まずともすべて分かるというものでしょう。それにしても…その文章力、私に分けてください…
表紙はハードカバーではないですが厚紙で、コーティングがされており、タイトルは金色の加工。中紙は真っ白な漂白紙、印刷も綺麗で、日本人の多くが持つ北朝鮮のイメージとはかけ離れたとても作りの良い本です。
売る気はないですが、ブックオフに持っていくといくらで引き取ってもらえるのか気になります。


逸話集 偉大な人間 金正日 2

似たような本ですみません。似たような、とは言いましたがモノは似ても似つかないような代物です。中はわら半紙、全体的にクタクタ。こっちはなんとも残念なつくりの本です。
「偉人金正日」は金正日総書記の死後に出版されたものであるのに対し、こちらは金正日総書記が生きている時に出版されたもの。それも、金日成主席が亡くなった後、次代の最高指導者として権力を掌握した翌年です。その点を理解しておくと、この二つの本の性格の違いが分かるかと思います。…まあ、ノリは大して変わらないですけど。
ちなみにこの本は日本語版の電子書籍が公開されています。どの話も面白いので、オススメです。私のお気に入りの話を一つ紹介しましょう。



10 倍


 1984年6月21日、金正日同志はシリカリチート煉瓦の見本展示場を視察した。その煉瓦は金正日同志の指示で、わが国ではじめて生産された建材であった。
 灰白色のシリカリチート煉瓦に手をふれたり、たたいてみたりして金正日同志は満足そうに言った。
 「シリカリチート煉瓦に興味があります。シリカリチート煉瓦は面がととのっていてきれいだから、それで家を建てれば、外壁を塗ったり、塗装材を使ったりすることがなく、煉瓦を積むとき接触部位だけを処理すればよいでしょう」
 金正日同志は、シリカリチート煉瓦の長所を指摘し、酸化鉄を適切に配合すればいろいろな色の煉瓦が作れるから、建物の色彩の調和がとれる、また煉瓦がかたいので建築のさい壁に鉄筋を使わなくても15 階建ての高層住宅も建設できる、だからわが国に豊富な砂と生石灰を配合して作るシリカリチート煉瓦の生産を奨励すべきだ、と強調した。
 煉瓦の見本を見たあと、金正日同志は、シリカリチート煉瓦工場の規模について意見を求めた。一人の幹部が自信ありげに進み出た。
 「年産1億枚程度の規模で建設すればいいと思います」
 他の幹部たちも「それくらいならたいしたものです」と言いそえた。
 すでにこの問題の討議を重ねていたかれらは、思いきって年産能力を1 億枚にすることに合意していた。シリカリチート煉瓦1 枚は普通の煉瓦6 枚に相当するので、結局年産6億枚の煉瓦工場を建設するのと同じことになるのだから、たいしたものだと考えたのである。
 かれらの意見を聞いて考えこむ金正日同志を人びとは緊張して見つめた。規模が大きすぎるのでは…。
 「シリカリチート煉瓦だけで建物を建てるには、1億枚程度ではとても間にあいません。だから煉瓦工場を大きく建てなければなりません。どうせ建てるのなら規模を大きくしなければなりません。… 年産1億枚ほどの小規模な工場を建てて、あとで後悔するようなことをしないで、はじめから大きく建てるのがよいでしょう」
 こう言われてかれらは、自分たちの計画がいかにみみっちいものだったかを悟った。
 その後、かれらは金正日同志の指摘を考慮して煉瓦工場の設計をはじめたが、そのさい工場の規模を慎重に討議しなおした。
 「これまでわれわれは多くの近代的工場を建設したが、いつも金正日同志の期待にそうよう大胆に設計することができず、設計をしなおしたものです。人民に間数の多いりっぱな住宅をと願う金正日同志の雄大な構想にもとづいて工場を思いきって大きく設計しましょう。わたしは年産5億枚能力の工場を建てることを提案します」
 かれらの一人が自分なりに大胆な意見を出した。しばらく沈黙が流れた。あまり大きすぎるのでは、とためらう者もいた。
 「5億枚だと普通の煉瓦を年間30 億枚生産する工場の建設を意味します。大胆な目標です。やってみましょう」
 いろいろな意見が出されたが、結局5 億枚に落ちついて金正日同志に報告された。
ある日、金正日同志はこの問題と関連して幹部たちを呼んだ。かれらは生産能力についてはもう気をつかわなくてもよいだろうと思った。
 ところが金正日同志は意味ありげにほほえみ、5 億枚能力の工場では人民の住宅問題を十分に解決できないと言った。かれらは驚いて金正日同志を見つめた。そしてまだその意にそえなかったのかと自省した。
 「せっかくシリカリチート煉瓦工場を建てるのだから、5 億枚能力ではなく10億枚能力にすべきです」
 シリカリチート煉瓦生産条件が十分にととのっているアンジュ地区に5 億枚、ハムフン地区に2 億5,000 万枚、ヒョン地区に2 億5,000万枚規模の工場を至急建設し、一刻も早く人民のためのりっぱな住宅を建設しようと強調した。
 (ああ、いつになったら金正日同志の胆力に見習えるだろうか)
 幹部たちは金正日同志を仰ぎ見ながら、その大きな胆力に感嘆した。
 こうして原案の10 倍の生産能力をもつ大シリカリチート煉瓦工場がりっぱに建設された。




…はい。こんなかんじです。
面白いですよね!!??


労働新聞(ロドンシンムン)
3部買いましたが、見るからに面白い2016年5月10日号だけ紹介します。出オチ
この画像は北朝鮮が公式に公開していた同内容のPDFファイルから抜き出したもの。これの現物を私は持っているということになります。
この号は朝鮮労働党第7回大会において、金正恩氏を新設の最高位「朝鮮労働党 委員長」に「推戴」したことを伝える記事です。
左の帯部分の赤文字は「朝鮮労働党と朝鮮人民の偉大な指導者 金正恩同志に最大の栄光を捧げます」と書かれていて、御尊顔下の見出しは「朝鮮労働党 第7回大会 決定書 敬愛する金正恩同志を我が党の最高首位に高く推戴することに関して」と書かれています。
そして将軍様を褒め称える文章がずらずらずら…と並び、最後に「敬愛する金正恩同志を朝鮮労働党委員長として高く推戴すると決定した。」と締めくくられています。最後の文章以外は蛇足。

ちなみに、その後6月30日の「将軍様が国務委員会委員長に推戴された」ことを伝える記事はさらにすごいです。
これね、私は現物持ってないんです。なぜか売ってなかったから。(面白すぎて外人に買い尽くされたか?)

日本への北朝鮮土産の持ち帰り方ガイド

おみやげまだあるじゃん!ってかんじですが…
3年も放置した上になんか記事書いてて飽きてきちゃったので、すみません、次の話題に移ります…

さて、わたくし。自分で旅行はしましたが、他の方の北朝鮮旅行記を見るのも大好きで、時々検索しては読んでいます。
んで、とてもとてもよく見かけるのが日本に帰ってきたときに「日本の税関で北朝鮮土産を没収されてしまう」という事案です。
これはなぜなのかと言いますと、2019年現在、日本は北朝鮮に対して拉致問題や核問題を理由として制裁を行っており、その一環として日本への北朝鮮製品の持ち込みを禁止しているためです。これにより、日本への入国者・帰国者は税関で北朝鮮製品を没収されてしまいます。
ではなぜ今回私はこんなにもたくさんの北朝鮮土産を日本に持ち込めているのか。その理由をお伝えしましょう。

結論から言うと、「韓国経由で帰ってきたから」という理由で間違いないと思います。

日本から北朝鮮へ旅行に行く場合、中国の北京を経由して行く場合がほとんどです。お土産を没収された人々もやはりこのルートで行っています。ぶっちゃけて言えば、日本発着であればこのルート以外存在しないと言って良いくらいです。
これは違う言い方をすれば、「北朝鮮に行った人は北京発の飛行機で帰ってくる」と言えます。税関職員は北京発の飛行機に北朝鮮旅行者がいることを警戒し、荷物検査を普段より厳重に行っていると見られます。北朝鮮旅行を申し込む際、日本の政府機関に提出するものと思しき書類を書かされるので、旅行者の名前もバレバレ。ですから間違いなく見つけられるのです。

ところが、北朝鮮帰りとは思えないような国から帰って来ればこのように警戒されずに入国・通関できてしまうんですね。北京→日本間を直行せずに、北朝鮮との繋がりが薄そうな第三国を経由して帰るのです。
これは計算づくだったのか?というとそうではありません。私もさすがにそこまで悪知恵の働く人間ではありませんでした。
私が韓国経由で帰ってきたのは「格安チケットを探したらたまたま韓国経由だった」からです。そしたら偶然、税関職員にも警戒されずに帰ってくることができたというわけです。

それでは、日本への北朝鮮土産の持ち帰り方をまとめましょう。
北京-日本間を直行便ではなく経由便で帰ってくる
ただこれだけです。
そのためには、旅行会社に申し込む時に北京発着で申し込みましょう。日本-北京間は自分でチケットを取ると言えばOKです。
より万全を期すなら以下の条件も満たすほうが良いでしょう。
・瀋陽/ウラジオストク発の飛行機を使わない
→いずれも北朝鮮の高麗航空が発着しているためです。まあ、格安チケットが存在しないであろう空港なのでまず考慮する必要はありませんが。

・地方空港に到着する飛行機を使う
→旅行社に丸投げした場合、成田/羽田に発着するプランを提案されるので成田/羽田の税関職員は警戒意識が強いと思われます。地方空港の税関職員なら比較的優しいかと思います。もちろん保証はできませんが。自分と縁の無い地方都市だとより良いかもしれませんね。
日本各地の地方空港とのコネクションがあるという点でも韓国経由は選択肢になりやすいと言えるでしょう。

・経由空港では乗換ゲートを通らずに一度入国する
→最終出国地が中国だと警戒される可能性が高まると考えられます。ですので飛行機の時間の余裕があるのであれば経由国でパスポートに入出国スタンプを押してもらうようにすると良いかもしれません。なんなら数日滞在するプランを立てておけばパーフェクトかもしれません。(北朝鮮旅行は非常に高額になるのでその余裕は無いかもしれませんが…)


文章にしてみればなんともシンプルなものです。
いやぁしかし、あの頃を思い出しますね…ドキドキしながら税関ゲートの順番待ちをしていた時のこと。
自分の前にいた外国人は簡単にではありますがバッグを開けて中身をチェックされていました。自分はパッと見でバレることはないようにしているものの、正直中見られたらまずいわけで…

職員さん「パスポート見せてください」
自分(はいどぞー)
職員さん「どちらに行かれましたか?」
自分「韓国です!」

…韓国発の飛行機で帰っては来たけど、入出国のスタンプすら無い。大嘘です。(以前行った時のがあるっちゃあるけど)

中見るなら見やがれ!もうどうなっても知らん!!という心意気で、台の上に置いていたキャリーバッグに手をかけていましたが…

職員さん「開けなくてもよろしいですよ。申告する品物はお持ちですか?」(タバコとか生モノの有無を軽く聞かれる)
北朝鮮の物である以外はなんら引っかかる品物は無し。なので余裕で大丈夫ですラッシュ。あ、バッジは財布の中に入れてました。これも何かしら効果あった?
職員さん「ご協力ありがとうございました。おかえりなさいませ。」

…ほとんどスルー!!マジか!!
私の外見の毒の無さも有効だったのかもしれません。あとはわりと新人っぽい職員のゲートを選ぶべきですね。

と、多くの北朝鮮旅行者が苦しめられているらしい税関は、やり方次第ではこんなにも簡単に突破できてしまうのです!

ただ、日本政府から言わせれば違法ではないにしても好ましくない事態であろうことは間違いないので、こっそりと…この文章は心の中にしまっておいてください…
もちろんこの内容に関して私は一切責任を負えません。実行する場合は自己責任で実行してくださいね。


さてさて。あとがき。
北朝鮮は良いイメージが無い国です。
「旅行に行く!」とか、酷い時はマスメディアが「現地を取材しました」と言うだけで頭悪い人達から「あなた、工作員ですか?」とか「北朝鮮の人なのかな?」とか言われてしまうこともしばしばです。
そんな時私は「お前、訪日外国人に『あなたは日本人ですか?』って聞くの?」と思ってしまいます。まあそういうしょうもないことは置いといて。
どんな国にも文化はあるし、人々の生活というものがあります。それを知ることは悪いことではないし、そもそもそれが海外旅行に行く目的の一つとも言えるでしょう。
今はインターネットの時代。日本にいながら外国の文化や暮らしが手に取るように分かるこの時代の中で未だに謎が多い北朝鮮は、そういった旅の醍醐味を強く残している場所ではないでしょうか?
しかも、日本では北朝鮮という国は鎖国しているイメージさえありますが、実際には全くの逆で観光客を受け入れまくっています。つまり、行けないと思い込まれているだけで他の国と同じく普通に行けてしまう国なのです。

北朝鮮は悪い国だから言葉に耳を傾けなくても良い、なんて言う人もいるかもしれません。
私は、正しい考えはいかなる言葉の中でもぶれたりしないと思っています。むしろ正しさを自分の頭で判断できる人は良い意見だから聞く、悪い意見だから聞かないなんてことはせず、どちらも分け隔てなく耳に入れるものだと思います。

ただ「旅行に行く」と言っただけで色々な批判や罵倒が飛んでくる北朝鮮ですが、見ることの何が悪いのだと言ってやりましょう。
ただそんな私でも何も言い返せないのが、「あんな国にお金渡していいのか?」という問い。
こればっかりは本当にごめんなさいとしか言えないんですけども、まああえて言い返すなら「観光に活路があるって分かってくれるかもしれないじゃない」とか。
仲良く共に歩めるようになるのが理想であって、潰したりするのが理想ではないはずです。かつての日本とアメリカも殺し合いをするような関係でしたが、今は色々と歪みを抱えつつも仲良くやっています。このような関係を築くことこそ最も多くの人が幸せになれる未来ではありませんか。

ちなみに北朝鮮に旅行へ行く日本人は年間およそ150人前後と言われています。これはどれくらい少ないのか。
東京大学の平成27年度の募集人員は最も少ない理科三類が100人、その次に少ない文科二類が353人。合格者数もこの2学科についてはきっちり同じ人数になっています。
つまり日本人の北朝鮮旅行者は東大生と同じくらい「選ばれし者」と言えます!!!すごいだろ!!!憧れるだろ!!!
こいつバカだ!まあプラスに働くかマイナスに働くかは未知数なものの、自分自身のプレミアを爆上げしてしまう。それが北朝鮮旅行です。

未知というものがほぼなくなってしまったこの時代、あえて未知の世界に挑むのもいかがですか?
ということで、今回の記事はここまで。

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